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宮崎地方裁判所 昭和52年(ワ)399号 判決

原告

織田勲武

右訴訟代理人

佐藤安正

被告

宮崎豊鋼材工業株式会社

右代表者

田代精作

右訴訟代理人支配人

北崎正実

右訴訟代理人

吉良啓

右訴訟復代理人

五島良雄

主文

一  太星工業有限会社が被告との間において、別紙目録記載の土地建物及び機械等につき昭和五一年一一月一五日締結した代物弁済契約を、金六四〇万円の限度で取消す。

二  被告は原告に対し、金六四〇万円を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一当事者間に争いのない事実〈省略〉

二原告の太星工業に対する債権の存否の検討〈省略〉

三代物弁済価格の相当性及び債権者詐害性の検討

鑑定人前原市郎の鑑定結果によると、本件代物弁済当時における本件土地建物の価格(但し、抵当権等担保価額を考慮しない価格)は合計二、六四八万円(土地は一、四一七万円、建物は付属部分も含め一、二三一万円)であることが認められ、他に、右認定を覆すに足りる証拠はない。また、機械等の価格についてみれば、〈証拠〉によると、少なくとも減価償却後の貸借対照表などの帳簿価格である営業用機械八八九万〇、八七五円、工具部品四四万一、二二六円の合計九三三万二、一〇一円であつたものと認められ〈る。〉

本件土地、建物には、代物弁済当時中小企業金融公庫が極度額四〇〇万円、被告が極度額一、〇〇〇万円、国民金融公庫が極度額六五〇万円、宮崎県信用保証協会が極度額二〇〇万円の根抵当権が設定され、その旨の根抵当権設定登記がなされていたこと、当時右のうち被告以外の根底当権者の太星工業に対する現実の被担保債権は五三〇万円であつたことは当事者間に争いがない。

ところで、土地、建物の代物弁済が相当価格をもつてなされたか否かを判定するには、目的物件に設定されている担保権を考慮しなければならない。その担保権を代物弁済受領者である債権者が引受けその責任で被担保債権の支払などを了する場合には代物弁済の目的物の価格から右被担保債権相当の価額を差引いて評価すべきであるが、担保権を債権者が引受けず、代物弁済者たる債務者がその責任においてこれを消除する約定をなす場合には代物弁済の目的物の価格から被担保債権相当の価額を差引くべきでないと解すべきである。

そして、本件代物弁済の日的物である本件土地、建物には現実の被担保債権として被告の債権が一、〇〇〇万円、他の債権者の債権が五三〇万円存したことは前認定のとおりであり、被告の債権一、〇〇〇万円については自己の同額の担保権付債権にこれを充当したことは弁論の全趣旨によりこれを認めることができるが、他の債権者の債権五三〇万円については、〈証拠〉によると最終的には太星工業においてその消除を行なう約定の下にこれを弁済して根抵当権を消除したことが認められる。したがつて、本件代物弁済の目的物の相当価格性を判定するうえでは目的物の時価から被告の被担保債権一、〇〇〇万円のみを差引き、他の債権者の被担保債権五三〇万円はこれを控除すべきでないから、その控除をいう被告の主張は採用できない。

そこで、代物弁済の目的となつた本件土地、建物の価格から右一、〇〇〇万円を控除した一、六四八万円と前示本件機械等の価格九三三万二、一〇一円の合計二、五八一万二、一〇一円が代物弁済の目的物の価格であるというべきところ、被告は既記のとおり一、六三六万円の債権の弁済に代えて本件代物弁済を受けたことは当事者間に争いがないのであるから、本件代物弁済は差引九四五万二、一〇一円の不相当に廉価な価格による代物弁済に当るというほかない。

そして、〈証拠〉によると弁済に当てうる太星工業の資産は代物弁済当時、これに供した本件土地、建物、機械等のみであつて、同社は原告その他自己の債権者に対する弁済資力を失つたことが認められ〈る。〉

したがつて、原告主張の請求原因(三)の事実を認めることができる。

四被告(債務者)の詐害意思の検討

(一)  民法四二四条一項の詐害行為取消権が成立するためには債務者が「債権者ヲ害スルコトヲ知リテ」、即ち詐害意思をもつて法律行為をなすことが必要である。そして、この詐害の意思は詐害行為が共同担保となるべき債務者の積極財産の減少、消極財産の増加によつて共同担保たる財産状態が量的に減少する場合、たとえば財産の無償譲渡、不動産の廉価売却などにおいては、債務者がその債権者を害することを知つて法律行為をしたことを要し、かつこれをもつて足りるのであつて、必ずしも害することを意図し若しくは欲してこれをしたことを要しない(最判昭三五・四・二六民集一四巻六号一〇四六頁)。

これに対して、詐害行為が共同担保となるべき財産の最的減少を伴わず、それが質的減少を生ずるに過ぎない場合、たとえば不動産の相当価格の売却、特定の債権者に対する債務の弁済などにおいては、債務者と受益者との間の通謀が必要である(最判昭三三・九・二六民集一二巻一三号三〇二二頁、最判昭三九・一一・一七民集一八巻九号一八五一頁、最判昭四八・一一・三〇民集二七巻一〇号一四九一頁、最判昭五二・七・一二判時八六七号五八頁等参照)。

本件代物弁済は前認定のとおり不当廉価によるものであるから、共同担保となるべき財産状態が量的に減少する場合に当り債務者がその債権者を害することを認識することをもつて足りる。

(二)  〈証拠〉によると、

1  本件代物弁済契約当時、太星工業は被告以外にも一五名の債権者があり、これに対し約二、三〇〇万円の債務を負担していた。

2  太星工業はこれより以前の昭和四九年五月一日から昭和五〇年四月末日までの第六期の損益計算において七八万二、八八五円の純損金を出し(甲一二号証)、次いで第七期(自昭和五〇年五月一日、至昭和五一年四月三〇日)の損益計算では五二二万五、八〇四円の純損金を出し、前期損金と合算して計五九八万二、五三四円の純損金が累積しており、昭和五一年四月末日現在の第七期貸借対照表によつても同額の純損失があり、帳簿上これから資本金一〇〇万円を差引いた四九八万二、五三四円の債務超過の状態にあるし、その後本件代物弁済契約締結時点までに債務超過がさらに累積し、前示約二、三〇〇万円の無担保債務の共同担保となつている一般財産としては、本件代物弁済の目的となつた本件上地、建物、機械類のみであり、このうち被告以外の一般債権者の弁済に供しうべき部分は時価と代物弁済の対価との差額である前示の九四五万二、一〇一円から後に一般債権として弁済した被担保債権五三〇万円を差引いた残額四一四万二、一〇一円のみであるところ、太星工業の代表取締役津野大作はこの債務超過の状況を知悉しながら、被告からこのままでは仕入材料(鋼材)の継続的供給を打切る、本件代物弁済に応ずれば掛売仕入額の枠を増やし、材料の供給を継続する、代物弁済をしておけば、他の債権者から差押えられる心配もないといわれてこれに応じたこと(甲一〇号証)が認められ、これらの各事実を考え併せると債務者である太星工業代表取締役津野大作は本件代物弁済契約締結の際原告主張の請求原因(一)ないし(三)の事実を知り、原告その他の債権者を害することを認識していた事実を認定することができ、他にこれを覆えすに足る証拠がない。

(三)  なお、被告は太星工業が本件代物弁済を被告から仕入材料の供給を継続的に受け操業を続けて倒産を防止する目的でなしたものであるから詐害意思を欠く旨主張するが、民法四二四条一項本文所定の「債権者ヲ害スルコト」とは詐害行為の時点で共同担保を減少することを指し、将来にわたつて資力が回復しないことまでを意味するものではないから、詐害行為の時点で共同担保の減少を知つていれば足りるのであつて、債務者たる太星工業が前認定のとおりこれを認識している以上、被告からの仕入材料の継続的供給を受けて将来会社の資力回復を期待したとしても、特段の事情がない限り詐害意思に欠けるところがないというべきである。

五被告主張の抗弁の検討

(一) 被告は本件代物弁済契約締結当時、太星工業の債権者を害することを知らなかつた旨主張するが、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。かえつて前認定四のとおりの本件代物弁済締結に至る経緯とくに被告の積極的言動に照らし、被告が代物弁済当時債権者を害すべき事実、即ち共同担保の減少の事実を知らなかつたとの右抗弁事実はこれを認められないことが明らかである。

なお、被告は太星工業に材料を継続的に供給して操業を続けさせ倒産を防止する目的で本件代物弁済契約を締結したから、被告は善意であつたと主張しているが、民法四二四条一項但書所定の「債権者ヲ害スベキ事実」とは前示の同条項本文所定の「債権者ヲ害スルコト」と同様に共同担保の減少を認識することをもつて足るから、将来の操業継続やそれによる資力回復を企図したからといつて直ちに右の詐害の事実につき善意であつたということはできないのであつて、被告の右主張は主張自体失当である。

(二)  被告は本件代物弁済によつて、太星工業に仕入材料を継続的に提供するなどの援助を続けた結果、同社の倒産を昭和五二年九月二〇日まで防止したので詐害行為に当らない旨主張するが右太星工業が代物弁済契約締結後弁済資力を回復したことを主張するのでない限り右主張のみでは詐害行為の成否に何ら影響を与えるものでないから、主張自体失当であるし、仮りにこれが資力回復の主張を含むものと解したとしても、本件全証拠中にこれを認めるに足る的確な証拠がない。かえつて、〈証拠〉によると、本件代物弁済契約締結後太星工業は急激に累積負債が増大しついに昭和五二年九月二〇日手形の不渡を発表して倒産したことが認められる。

六前示のとおり本件代物弁済契約の対象である本件土地の価格は一、四一七万円、本件建物の価格は付属部分も含め一、二三一万円、本件機械等の価格は少なくとも九三三万二、一〇一円であつて、いずれの資産をとつてみても原告の債権額六四〇万円を上回つていることが明らかである。そして、〈証拠〉によると、右土地、建物、機械等はいずれも一連の生産設備として法的にみて密接に結びついた不可分な関係にある財産といわねばならない。したがつて、原告の債権額である六四〇万円の限度で本件代物弁済契約を取消し、しかもその一部取消の限度で価格の賠償が認められると解するのが相当である(最判昭三六・七・一九民集一五巻七号一八七五頁参照)。〈以下、省略〉

(吉川義春 三谷博司 白石研二)

目録(一)、(二)〈省略〉

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